ペット・ロス体験記~猫

ペットとの別れ、そして死を体験したあなたへ
ねこちゃんを亡くされた方のお話を掲載しています。

アメリカ合衆国ニュージャージー州 女性 主婦

6月で12歳を迎えるはずだった雄猫クリが亡くなりました。
去年の9月にクリの弟ナナが亡くなり、その悲しみが癒える間もなくこんなことがあるのですね。腸壁にできた悪性リンパ腫でした。
2007年に2匹が生まれて、子供たちも2匹と一緒に育ち、12年近く私たち一家の歴史を豊かに彩ってくれました。
そのお礼を込めて、看病に全身全霊を捧げようとしていたのに、診断からわずか12日目の2019年5月21日に静かに旅立ちました。
亡くなる前日食欲のなかったクリが珍しく私の作った食事を大量に食べ、毛づくろいまでして、夜は体力もないのに私のベッドにあがってゴロゴロ喉を鳴らしながら身体や顔を何度も私に摺り寄せて甘えてくれました。亡くなる当日の朝もゴロゴロと喉を鳴らし、ひょっとして治ったのか?と錯覚を起こすほどでした。
でもそれは彼の、大好きだよ、ありがとう、さようなら!の挨拶だったのですね。
亡くなるまで看護できたものの後悔だらけです。
老いた母に会うために私は一時帰国することになり、その出発前にクリが少しやせたかなと思っていたけれどもまさか命に係わるような病気だとは思わず日本で1か月近くもいて体調の悪いクリを一人ぼっちにさせてしまったことを後悔しています。わかっていたらもっと早くに帰り、クリの側にいてあげられたのに。家に戻ってクリと過ごせたのはわずか16日間でした。
弟のナナが外に出て大けがをしたことが原因で亡くなったため、そのトラウマからクリを家猫にしてしまいました。あんなに庭へ出してほしいとせがんでいたのに!最期の春とわかっていたら、思う存分外へ出して遊ばせてあげたのに。
愚かで無知だった飼い主の私をどうか許してほしいと謝りました。
クリが永遠に生きるとは思わないものの、まだまだクリと過ごせると信じていた私は、日本から家族にクリにおいしい猫フードを買っていくからね、とメールしているのです。
知らないということは何とめでたいことなのでしょう。
この世のお役目を果たしたら、私も必ずクリとナナのところへ行くので、それまで待っていてね、と送り出しました。

長野市 女性 38歳

愛猫を交通事故でなくしました。

思い出したくもないつらい出来事でした。愛猫は、いま10歳になる息子が五年前に拾ってきたカレンです。

公園のはずれの土手にダンボールに入れて捨てられていた、どちらかというと他の兄弟猫よりも小さく、弱弱しい雌猫だったそうです。

幸いにも一戸建てに住んでいましたので、息子の願いに負けて、ほとんど私が世話することになることは覚悟していたのですが、内気で、引きこもりがちの息子に心を開かせるきっかけになればと思い、飼うことにしました。

たったひとりの友達として、いつも一緒でした。

私の出番がないほどに、よく世話をしていました。

ある月曜日の朝、事故は近所の方が知らせてくれましたが、動転してしまい、息子にどう知らせたらよいか頭が真っ白になってしまいました。

葬儀がおわってそろそろ3か月、息子から笑顔が消え、もとどうりにひきこもりがちになってしまいました。カレンの存在がどれだけ大きかったことか。

息子の悲しみをいやす方法があればと必死に探しています。

東京都足立区 女性 主婦

昨日、茶々丸一歳になって2日目の朝、息を引き取りました。
私たちが起きたときには、もう既に冷たくなってました。
まだ一歳という早すぎる死に現実を受け入れられず、ただただ泣いています。
心の中にぽっかりと穴があいてしまったように。

前日まで、いたっていつも通り普通に元気に過ごしていました。
最近、鼻血を出すことが多く病院にもかかっていましたが大きな病気でなく鼻炎だろうということで様子見でした。
おとといも、鼻血を出し尻尾や体に血が固まっていたのでお風呂に入れてあげたのです。
そのお風呂がいけなかったのか?それとも、病気があったのか?お風呂に入れなければよかったのか?鼻血が出たときすぐ病院へ連れて行ってれば。などなど…
夜も眠れず後悔のループから抜け出せないでいます。

主人には、凄くなついていた茶々丸。
最近は、私にもなつきはじめててきて甘えて膝に乗ってくることも多くなってきてとても愛くるしかった。
子供達も茶々丸が大好きで、一歳になる下の子はちゃちゃ~とよく一緒にいました。
今朝も、煮干しをもってちゃちゃ~とゲージの前に走って持って行ってました。
昨日、茶々丸の亡骸のまえで、いつものように撫でてちゃちゃ~と声をかけている娘をみると、また涙がとまりませんでした。

ムービーや写真をみて、もっと遊んであげればよかったなぁと走馬灯のように、茶々丸が頭の中で蘇り涙がでます。
何も手につかず、夜も眠れない、ご飯も食べれない、涙がふとした時止まらなくなるこれがペットロスというのですね。
いつになったら、この悲しみからでれるのか。
茶々丸会いたいよ。

岡山県岡山市 女性 54歳

19年、一緒に過ごした猫のしんちゃんと、お正月にお別れをしました。
昨年の11月の末から、咳が出て、獣医さんから「肺が異常です。検査も出来ないし、どうしますか?」と言われ、しんどくない様に出来る限りのことをしてあげました。
だんだん、苦しくなって、お正月に息が出来なくってなくなりました。
ずっと、付き添っていました。そんな私を、母は、馬鹿にしたり、責めたりしました。私のことを、1番わかってくれていたのが、しんちゃんだったんです。
悲しく、悲しくて、泣いてばかりです。亡くなってすぐは、しんちゃんに、みんな優しく良くしてくれたことに、感謝してました。側にいてくれている感じがしていました。でも、今は、ただ、淋しくて、悲しくて仕方ありません。たった一人になってしまった淋しさが、とても辛いです。
大好きなしんちゃん、病気を治してあげられなくて、ごめんね。
苦しい思いをさせてごめんね。
泣いてばかりでごめんね。

S氏 女性

家に、12年8ヶ月一緒に暮らしていた(;_;)猫クウーチャンがいました。 スコチュシユホールドでした。
突然1月30日の朝は普通に元気にしてましたが、9時過ぎに倒れて、ウオ~ウオ~ウオ~と3回泣いてそのまま死んじゃいました。
突然だったので何が何だか分かりませんでした。 女の子でした。寿命だったのですかね?? 中々立ち直れません。
思い出しては泣いています。 昨日の夜裏に埋めて上げました。いままで有難うと言ってね。

秋田県北秋田市在住 男性 47歳

花になったポンタ

自分の家は田舎にあって自分が幼少のころから猫を飼い続けておりました。
三毛猫が多かったのですが家が国道沿いにあったこともあってたいてい短命に終わってしまいました。
自分が社会人となり家族がもらってきた猫のポンタもまた一度車にひかれました。
しかし動物病院に運ぶ際中の車の中でポンタはむくむくと動きだし病院に着くころにはすっかり回復してしまったのです。
診察の結果も奇跡のように良好で以後変わらず生活できました。その後国道にバイパスができて安全に暮らせるようになりました。

ポンタはメスで一度だけ4匹の子供を産みました。子供たちのうち2匹は知り合いに引き取ってもらいました。
2匹はそのまま飼い続けましたが親猫より先に旅立ってしまいました。
その後は手術をしてポンタは飼い主にべったりの猫になりました。
ポンタは20年と数か月ほど生き続けおととい旅立ちました。前から患っていた猫に特有の腎臓の病気でした。
人間でいえば100歳を超える?くらい長生きしたので天寿を全うしたと思っています。
ちゃんと子供を産ませ長生きさせることができて、できるだけのことはしてあげられたとは思っています。

ポンタは死んで花になりました。
点滴の約束をしていた動物病院にポンタが旅立ったことを連絡するとわざわざ花を送ってくれました。
その花をポンタのお気に入りの出窓の座布団の上に飾りました。
ポンタがいなくなって生じた心の穴をうめてくれるように花は美しく咲いています。
ポンタの写真をプリントアウトして花に添えたらあまりに辛くて直視できず花だけを飾っています。
まるでポンタが花になったようです。

自分のペットロスとの付き合いはこれから始まるのでしょう。
しかし決して自分が暗く落ち込んでばかりいるのはポンタも望んでいないでしょう。
ポンタは立派に生き続けました。
自分もポンタに負けないくらいちゃんと生きていかなければそしていつかあの世でポンタと出会えたらと思っています。

神奈川県川崎市 主婦 52歳

体験記 パート2(ミルミルの死に対して二度目の投稿になります)

前回気持ちの整理を付けようとこの体験記を書いたのが、ミルミルを亡くしてまだ1ヶ月もたたなかった時。もうとにかく悲しくて悲しくて心のやり場がなく完全にうつ状態でしたが、半年が過ぎ少し私自身も変化したのでまた新たな気持ちで書いてみようと思いペンをとりました。

やっぱり今でも時々涙が出ます。でもその涙する間隔が10日とか2週間とか以前より長くなりました。もちろん思い出さない日はないけれど、時間がいい思い出として解決してくれたのだと思います。
そして何よりまた新しい子を迎えられたこと。
やはりこれもタイミングと縁だと思いました。心の整理もつかないまま急ぎすぎると前回の苦い経験のようにうまくいきません。(直前で里親になれなかったこと)
しかしミルミルを亡くして2か月半の時、娘の知人から話をいただき、とてもかわいい2匹の兄弟猫(オス、メス)と出会うことが出来ました。もうただただ感謝で、今はやんちゃな2匹にふりまわされながらほのかな幸せといやしを感じています。
きっと天からミルミルが導いてくれたんだと信じています。

あれから半年、あの時はこんな穏やかな日々を過ごせるなんて想像も出来ませんでした。ペットロスの本も読んだし講演会も行ったりして何とか打開策がないかもがいていました。でも今思うことは、苦しい体験も無駄ではなく新たな幸せへの一歩であると、悲しくて何も出来なくてもその時はそれでいいのだと、必ずまた幸せが訪れるのだから、その時を待つことも大事だと。
私の場合はやっぱり大好きなネコたちが幸せを運んでくれました。

ただもうすぐ去勢、避妊の手術をしなければならず、それがすごく不安ではあるのですが…
でもきっとそれも今度こをうまくいくと信じています。ミルンが守ってくれているのだから。

神奈川県川崎市 主婦 52歳

私のミルミルと(10ヶ月、オス猫)との別れは、あまりにも突然でした。

あの日、去勢手術をして麻酔からさめた時けいれん様の発作をおこしそのまま死んでしまったのです。
朝までふつうに元気一杯だったので、そんな残酷な現実受け入れられるはずがありません。
獣医師いわく、去勢手術後の急変は年間でもごく数例しかないことだと、なんでそんな運の悪いことが、よりによってうちの子なんだと信じられない思いと、私が勝手に決めてしまった手術で命を落としてしまったミルミルがかわいそうで、涙がこぼれない日はありません。もうすぐ1ヶ月になろうとしていますが…

自分を責める毎日で悔やんでも悔やみきれず、さみしくて悲しくてなかなか立ち直れずにいます。
私に一番なついてくれて帰宅すると玄関までとんできてくれたミルミル。そのあとはいつも私にだきついてくれました。
あと15年位老猫になるまで一緒に暮らしていくつもりだったのに。
3年前に8才の愛猫の病死を経験していますが、その時はあきらめもつきましたし、いつの間にか喪失感は時間が解決してくれました。
しかし今回は、まだ若くあんな形での亡くなり方のためかペットロスがひどく、本当に涙の毎日で立ち直れないでいます。病院に向かう車の中で不安そうに鳴いていた声が忘れられません。

ペットロス関係の本も2冊読みました。だいぶなぐさめられて、その中に新しい子を迎えるのも1つの方法とあったので、私も心の整理をつけようと2週目が過ぎた時、里親探しの譲渡会で新しい子をもらうことにしたのですが、自宅に届けてもらった段階で譲渡側の意向と一致しない部分があるとかで一方的に契約破棄され、心ない言葉をたくさんあびせられました。
それでなくても傷ついている心に追い打ちをかけるように。
ひどい里親会だと思いました。
新しい子と心新たにがんばろうと思っていたのですが、縁がなかったのでしょうね。

きっとまたミルミルがもっとすてきな縁に巡り合せてくれると信じて、まだもう少し心の回復に時間がかかりそうですが、ごめんねからありがとうと言えるようにミルミルのおもかげを胸にがんばりたいと思っています。

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