ペット・ロス体験記〜犬

ペットロス

ペットとの別れ、
そして死を体験したあなたへ
ワンちゃんを亡くされた方のお話を掲載しています。

埼玉県 行政書士 55歳 レインボーローズ

上の4月25日に愛犬のシーズー太郎が亡くなりました。 12歳1ヶ月でした。
我が家には4ワンいましたが、リーダーでとても賢くてイケメンで私に一番懐いて甘えん坊でした。
一人っ子の娘が小学生の頃は、親とのカルタの練習を見守ったり、ピアノのレッスンに連れていけと催促したので同伴して、娘を静かに見守っていました。
2年くらい前に、痩せたな、毛量が減ったな、なんとなく元気がないと思っていましたが、老いからくるものだと思っていました。でも他の同じ歳のワンコに比べて様子が変だと思い動物病院で診ても楽多ところ「クッシング症候群」と診断され、あと1年、よくて2年しか生きられないと言われました。投薬治療をしていました。
ふさふさだった毛もほとんど抜けてしまったこともありましたが、ある日をさかいに以前と同じように綺麗な毛並みになりました。食欲は旺盛だったし、お散歩も一人だとあまり歩きたがりませんでしたが、4ワンで出かけると「俺も一緒に歩きたい」という感じで一生懸命歩いていました。
昨年末に目の調子が悪くなりました。かかりつけの獣医師に「目の摘出手術をする」と言われましたが、かなり弱っていたので嫌だと思っていました。すると近所の方が他の獣医師を紹介してくれました。その獣医師は目薬で治療しましょうと、点眼治療でもっていました。
亡くなる1週間くらい前から今まで食べていたドッグフードを食べなくなったので、なんとか美味しい物や好きな物を食べてもらおうとしましたが、それすらも徐々に食べなくなっていきました。そして頻繁に粗相をするようになりましたが、それを見た夫は太郎を怒鳴りました。太郎は漏らしたくて漏らしたわけではないのに。
そして4月24日の土曜日に悲しそうな声で鳴いたので近くで撫でてあげると鳴き止みました。それから嘔吐したり下痢をしましたが、気持ち悪くないようにとその都度拭きました。そして苦しそうに息をしていました。
夜11時頃私が就寝すると最後の力を振り絞って近くへ来ようとしたので、隣に太郎を乗せたベッドを置き、手を握りました。手を握られるのはちょっと嫌だったようで引っ込めたのでそのままにしました。そして夜中の2時半頃目が覚めたら、太郎が少し目を開けたまま動かなくなっていました。触ると冷たくなって硬くなっていました。でもその顔は割と穏やかでした。もう下痢も止まっていて少しだけおしっこが出ていました。
もう少しだけ起きて最期を看取ってあげれば良かった、全然迷惑をかけないで家族が揃っている土曜日の夜中から日曜日の明け方に息を引き取りました。
「もっと迷惑をかけていいのに、全然迷惑をかけないで亡くなっていった」と大泣きしてしまいました。
太郎はかつての愛猫アトムにそっくりで生まれ変わりだと思っていました。またいつの日か生まれ変わって会いにきてくれると信じています。今まで太郎をひいきしすぎたところも無きにしもあらずだったので、これからは他の3ワンたちを可愛がって大切にしていくね。でも太郎とはいつも一緒だからね。心から愛してる。また何処かで必ず会おうね。

埼玉県川口市 フリー 59歳 ライルパパ

上の子は社会人、下の子も高校生になり、私自身生活にゆとりが出来たある日その子はやって来ました。
名前はライル。
白黒のボーダーコリーで男の子。
フリスビーが得意で親の言うことを良く聞くとっても良い子。
甘えん坊で、いつも私の後をくっついて歩いて。
カヤックに乗る時も、キャンプに行く時も、海へ行く時も、温泉に行く時も、何処へ行くのも常に一緒。
沢山沢山遊んで、毎日毎日散歩して、帰って来るたびお迎えしてくれて。
自分の子供達よりも何倍も想い出が沢山溢れ過ぎるほど。
そんなある日。
13歳と5ヶ月が経った頃、突然天国へ旅立ちました。
夜中の1時過ぎキューンって声がしたので見ると倒れて息遣いも荒く舌は出たまま。
数ヶ月前も何度かあったけど。
今回は直感的にもう駄目かなって。
今年に入ってちょいちょい具合の悪い日があり、エコーで見ると黒い影外出あると病院で言われ、専門の先生に見せようと思ってた矢先でした。
何となくだけど予想はしてたけど。
前日まで元気だったのに。
遊べ、遊べと騒いでたのに。
食欲も旺盛だったのに。
突然過ぎる死。
もう心臓付近に大きな穴が空いちゃって。
空虚感と心が痛くて。
こんな気持ちはじめてでただただ辛い。
これではいけないと、とりあえず夫婦で朝の散歩を始めることに。
散歩中はいいけれど、家に戻ると心が苦しくて。
そうだ。
明日はよく連れて行った海へ、彼の心と一緒に夕日を観に行こう。
そして沢山沢山泣いてこよう。
そういえば俺まだ泣いてなかったっけ。
少しは楽になるかもしれないな。。。
まさかこんなに辛い悲しいモノだとは思ってもいなかった。
現在ペットロス中。
1ヶ月したらまた続きを書きます。

愛知県 主婦 35歳 シュシュポポ

私はポメラニアンとフレンチブルドッグと暮らして居ました。
2匹共里親から引き取った子達で我が家は子供に恵まれなかったので本当に我が子の用に暮らしてきました。

ポメラニアンは去年から心臓に病気を抱えながら今年まで頑張ってくれフレンチもポメラニアンが亡くなる1ヶ月前から子供の頃に発症した癲癇の薬の影響で消化に問題が出でしまい後を追うようにその一ヶ月後にポメラニアンは13歳フレンチブルドッグは11歳で亡くなってしまいました。

この短期間の間に最愛の家族が亡くなり無気力の中仕事をしてると「あの子達が居たから今まで仕事も頑張れて充実した毎日を過ごして居たんだ」と感じ前までは1日があっという間に終わってたのに今はその1日がとても長いです。

当たり前だった日課の一緒に寝て起きたらご飯を一緒に食べる、仕事から帰ってきたらありったけの力で駆け寄る2匹の姿が無い家に帰ると涙が止まらない毎日です。

ポメラニアンは入院中に最後は家で看取ろうとお迎えに行く朝に亡くなってしまい看取る事は出来ませんでしたがフレンチブルドッグの方が私達が病院から迎えに行った数時間後に私が撫でてる時に亡くなり看取る事が出来た時あの子が前の子の分まで精一杯頑張って私達の迎えを待っててくれんだと感じました。

またいつか犬と暮らしたいとは思いますが今はあの子達と過ごした思い出が悲しいと思わず素敵な日々の思い出だったと思える日まで今の時間を過ごして行きたいと思います。

岐阜県 23歳

2021.03.24
生後7ヶ月弱で
お空に行ってしまいました。
8/22生まれのプードル「ティノくん」を1/24に
ペットショップから引き取りました。
生後5ヶ月なのに800gしかなくて
とーっても小さかったけど
めっちゃめちゃ元気で
ご飯もよく食べるしよく走るし遊ぶしで
心配する要素なんて何一つなかった。
3/19家族でアウトレットに行きました。
ずーと元気で歩かせたらベビーカーに乗せたりしてて
普通に夜帰ってきて
「おやつちょうだい」って言うから
おやつをあげたら急にバンって倒れて
慌てて救急の獣医さんに駆け込んで
たくさん注射して
たくさん心臓マッサージもしてもらった。
その時おしっこもうんちも出ちゃってて
自分の中ではダメなんだってことくらい
わかってた。
でも獣医さんに
「もう蘇生する可能性はほぼないしできたとしても必ず後遺症は残りますがやりますか?」と聞かれて
「全部お願いします」って言った。
たった1%の望みしかなかったとしても
わたしはそれにかけたかった。
寝たきりになったとしても
生きているだけでよかった。
でもそれさえ叶わなかった。
ドラマや映画みたいに
「今は夢を見ているだけ」って何度も思った。
でもどんなに時間がたっても
おんなじ光景だった。
車の中で「てぃーちゃんお願い目を開けて」って何度も言ったせいで目を開けたままお空に行っちゃった。
あんなに小さいのに
すごい力で心臓マッサージをされてて
きっと痛かったよね。苦しかったよね。
何度も何度も後悔しました。
もっと定期的に動物病院に行っていれば。
四六時中抱っこしていれば。
アウトレット行った時も妹や弟に任せっきりで
自分だけ買い物せずにずっと一緒にいてあげれば。
わんちゃんの入れるご飯屋さんに行っていれば。
四六時中抱っこしていれば。 おしっこ失敗したくらいで怒らなければ。
とかいろいろ。
家に遺していったキズも今となれば
全てが思い出になってしまいました。
未だに
ティーちゃんがした
おしっこうんちなにひとつ片付けれません。
捨てちゃうと
居たことを否定してるかのように思えて。
今までたっくさん犬猫飼ってきたけど
こんな突然死みたいな亡くなり方したのは
初めてて
心の準備さえなにもできてなかったから
ショックがとてつもなくでかかった。
八つ当たりなのかもしれないけど
10歳以上まで生きたならいいじゃない。
ってペットロスの方に思ってしまう自分がいる。
わたしはたったの2ヶ月弱しか一緒に過ごせなかった。
わたしには子どもがいないから
生後2ヶ月の赤ん坊を亡くしたのと同じ感覚。
家に連れて帰ってきた時も
もう一緒にいれる時間は短いのに
辛くて辛くて見ていられなかった。
ひたすらベットに潜り込んでた。
でもティーちゃんのおかげて
当たり前にできてることは
全てが幸せであって奇跡なんだって
思えることもできた。
今日と同じ明日がくるなんて
実際はわからないんだなあ
って思ったよ。
もう犬なんて飼いたくないなんて思わないし
本当は今すぐにでも新しい子を迎え入れたい。
でも49日過ぎるまでは
わたしの目には見えないてぃーちゃんと
一緒に過ごそうと思うよ。
だから
いま動物を飼っていて
毎日朝起きれば
トコトコって来てくれるペットちゃんは
明日もトコトコって来てくれるわけじゃないんだ
って思いながら
1日 1日を大事に過ごして欲しいです。
わたしみたいに
後悔してほしくないから。

熊本県 パート薬剤師 58歳

2021.03.22
3月20日午前一時、16歳で突然愛犬のパピヨンを亡くしました。
いま思えば少し食欲不振だったような気もしましたが、高齢だからかな?と思っていました。
3月19日金曜日、朝からほとんど餌を食べなくなり、食べムラかなーと思いつつ、いろんなペットフードを購入して与えてみても食べません。そうこうしているうちに夜なんだか、急に息苦しそうに、はあはあしています。いつも寝ているのに全然眠れずに立ったままうろちょろしています。時折やっと座ってめをつぶったかなーと思うとすぐめをあけます。
朝方まで時折体を撫でてあげて、様子をみて動物病院が空くのを待ってつれていきました。そこでいきなり先生に舌をみられチアノーゼがおきてて状態よくないねーと言われ肺水腫だねとのこと、入院になりました。帰宅後すぐに「心臓止まったのですぐにきてください」との電話、涙が止まりません。娘二人に連絡して病院にいくと、人工呼吸器に繋がれた愛犬がそこにいました。
あ、ちょっとお別れする時間をくれたんだなーって思いました。祝日だったので、私含め病院に数回面会にいき、夜に五分五分かなーと言われ帰宅しました。帰宅後、前の日寝ていない疲れがでて眠っていると夜中に病院からの電話、心臓が止まって亡くなったとのことでした。
家族で、動物病院にいき、家で数日一緒にいてから見送ろうとは思いましたが、みんなが揃っている日曜日にお別れしようと昨日見送ってきました。
愛犬のいない家はなんとなく寒ざむしく、急だったのでいまからどんどん寂しくなるとは思いますが、たくさんの思い出をくれてありがとうと感謝しつつ、毎日を過ごしていこうとおもいます。
16年弱の日々を楽しくしてくれてありがとう。
安らかに天国で過ごしてね。

静岡県浜松市 助産院事務 37歳

2021.03.17
2021年3月16日、2時55分 柴犬(♂)げんきが、18歳で虹の橋を渡りました。
3月12日ごろから、自分からご飯を食べようとせず、ペロペロなめる程度。それでも、なんとか食べてくれましたが、13日の夜は食べずに水分だけ。14日はペロペロすることすらしなくなりシリンジで口の横から流し込む形で水分補給しました。15日、少しのポカリスエットをあげてみたら?と言われ家になかったのでDA・KA・RAをあげました。しっかり飲んでくれて、少し力がついたような気がしました。しかし、それから嘔吐し、スッキリしたのかスヤスヤ寝始めました。
16日に日付が変わったくらいに1度鳴いて、すぐ寝ました。それから2時半すぎ2回鳴いて、息づかいがゆっくりに。すぐ母を起こし私が見守る中、静かに息を引き取りました。みんなでキレイにしてあげて、その日1日、家族で代わる代わる抱っこして1日一緒に過ごしました。夜も、抱っこして寝ました。
そして17日、家から歩いて行ける、霊園にお願いして火葬、納骨していただきました。
私の中で17日、まるまるずっと一緒にいられたことが何よりの安らぎとなり、しっかりお別れを言うことができました。まだまだ、悲しみは癒えませんが、すぐ近くの霊園にいると思うと、いつでも会えるし。と前を向くことができそうです。寂しくて悲しくて たまりませんが、ツラい時は会いに行こうと思います。

東京都 パート 52歳 こたママ

2021.03.10
2021年1月19日火曜日午前3時前、こたろうが12歳8ヶ月で旅立ちました。1月15日金曜日の明け方、足元で寝ているこたろうの呼吸がいつもより早いことに気づき、翌日仕事に行くか迷いましたが、何かあったら後悔すると思い、仕事を休んで病院に行きました。血液検査をしてもらい、心臓に少し雑音が聴こえるとのことで、心臓の薬を飲むことになりました。薬も問題なく飲めたし、呼吸も落ち着いたようだったので、早く来て良かったと安心して帰りました。
翌日16日土曜日、血液検査の結果を聞きに行くと、心臓から出るホルモンの数値が異常に高いとのことでした。あまりに高くてびっくりしましたが、薬を飲み始めたのでこれから落ち着いてくるかなと思い、そこまで深刻にはとらえていませんでした。ただ、これからは、散歩の時間が長くなり過ぎないように気をつけてあげないといけないと思いました。心臓サポートのフードも注文しました。17日日曜日は普通に問題なく過ごし、18日月曜日は仕事に行きました。午後15時頃帰ってきて、いつものようにご飯をあげると、いつものように全部食べました。しばらくして、散歩に行き、普通にトコトコと歩きました。20分くらい歩いて、大好きなおやつをくれるお友達のマンションのところまで行きましたが、お友達には会えませんでした。帰りは大事をとって抱っこで帰ってきました。その後、18時半頃こたろうの呼吸が早いことに気付きました。病院は19時までなので、電話をしてタクシーで向かいました。先生に診ていただいたときには、かなり呼吸が荒くて苦しそうになっていました。入院設備のない病院なので、利尿剤を注射してもらい、明日の朝の分の利尿剤をもらって帰りました。おしっこが出れば、だいぶ呼吸が楽になるはずとのことでした。家に帰り、時間がたっても、こたろうの呼吸は不規則で荒いままでしたが、大量のおしっこが出ました。私は、酸素吸入器を注文出来ないかと調べたり、夜中に別の夜間救急に行った方がよいのかと調べたりしていました。11時半くらいに家族は寝ました。私はこたろうが心配だったので、起きていようと思っていました。こたろうはとても苦しそうで、もしかして今日危ないのかもしれないと思いました。1時半になる頃、横になれずに立っていたこたろうが、よりかかるようにして倒れました。私はびっくりして長女を起こし、こたろうが死んじゃいそうだと伝えました。次女も起こし、大阪に単身赴任している夫にもリモートで繋ぎました。すると驚いたことに、夫と次女の声を聞いた聞いたこたろうが、すくっと立ち上がり歩き出しました。気力で立ち上がったのだと思います。それから、家の中やベランダのいろいろな場所を歩き回り、午後食べたご飯を吐いてしまいました。最後は、みんなから少し離れたところに歩いて行き、踏ん張って立っていたのですが、崩れるように倒れてしまいました。みんなで近寄り、声をかけました。今までありがとう、大好きだよと繰り返し繰り返し言いました。こたろうは、何とか起き上がろうとして、3回顔をあげましたが、その度に床に顔をぶつけてしまいました。しばらく間があいて、もうダメなのかと思った時、もう一度顔をあげようとしましたが、もう少ししかあげることができるず、そのあとゆっくりと顔が横になりました。呼吸も静かになりました。まだ耳は聞こえていると思い、みんなで必死にありがとうと大好きだよと言いました。気づいたら3時でした。
こたろうは、最後まで生きようと頑張っていました。
日頃から、あまり検査や入院をさせるのは嫌だと思っていました。こたろうが小さい頃通っていた病院に、予防の検査を進められたり、すぐに血液検査をされたことを疑問を持っていました。
血液検査だけでも定期的にしてあげていたら、もっと早く気づいてあげられたのにという後悔はあります。でも、最後の日まで、ご飯を完食してくれて散歩にも行けて幸せでした。最後に亡くなった時、とても立派ないいウンチが出ていました。
今日で49日です。いろいろな楽しい思い出を沢山ありがとう、また会おうね。

神奈川県 団体職員 58歳 ちび子のママ

2021.01.05
12歳と9ヶ月のチワックスを12月28日に亡くしました。
最後は、救急センターで、酸素室から出してもらい、ベッドの上で、一番大好きな場所である、首のあたりを撫でてあげ、耳元で、沢山沢山、ありがとう。頑張ったね。もういいよ。とずっと話しかけてあげれました。酸素室の中にいた時は、触ってあげれなかったのに、最後は、その分も。
もっと早く気が付いて、もっと早く治療してあげていれば、助かった命だったかもしれない。そんな後悔があります。そうしたらもう少し一緒にいられて、最後は苦しまないで逝けたかもしれないと。
とても利口な子でした。トイレに行きたい時は、ドアのところまで行き、見つめます。おやつの欲しい時は、おやつのある場所を見て、クーインと甘えます。散歩中は、絶対にトイレはしません。必ず家でしました。なので、何も持たないで散歩も出かける事ができました。
家族の大変な時期を一緒に乗り越えました。息子の不登校のお付き合い。主人の単身赴任でも、自宅を守って、また、大地震で家族が帰れない時も、自宅で待っていてくれました。
家族が揃って海外旅行に行った時、ホテルに迎えに行って帰ってきたら1週間、怒ってリビングには、入ってきませんでした。
私が仕事で忙しく、なかなか、時間がない事がわかっていたのか、年末年始のお休みに入るとともに、具合が悪くなり、3日で逝ってしまいました。
ありがとう。お母さんが行くまで、天国で遊んで待っててね。

福岡県 会社員 58歳 生き返ってほしいと願う飼い主

2020.12.28
2020年12月25日ロングコートチワワの男の子が14歳と6ケ月で永眠しました。犬が大好きで、子供のいない夫婦のかけがえのない子でした。ペット博で他の子を選ぼうとしてた私に夫がこの子がいい!と言って決めたワンコでした。引き渡してくれた時、赤いリボンをしていたのが忘れられません。とてもおとなしい利口な子で人間が大好きでワンコなのに犬が苦手な子でした。病院の先生からこの子は自分を人間と思っているようだと言われたこともありました。珍しい毛色の為アレルギーがあり、病院にお世話になることが多かったけどいろんな所に一緒に出掛け楽しい日々を送りました。数年前から心臓が悪くなり薬を飲み始めました。薬を飲んでいながらでもわりに元気にいてくれました。病院の先生からも頑張ってるねと言われましたが、静かな夜には近くで寝ていると心臓の音がドクドクと聞こえ、いつか別れが来ることを思い知らされました。今年くらいから咳込むようになり、夏から少しでも楽になればと喘息用の機械を使い始めました。しかし心臓ではない他の所で具合が悪くなり頻繁に病院に行く事が多くなりました。最後の日は私がふと目を覚ますとお座りしている姿がみえ、いつもの咳込みで息が上がっている様子で、それが収まっても横に寝せようとしてもすぐ起き上がり横になるのを嫌がってました。今思うと寝たら永遠に起きれないと思っていたのかもしれません。朝ごはんは少し残しましたが、私達の朝食を欲しがりいつもの姿を見せていましたので、私は安心して出勤しました。会社に行ってすぐ、たまたま休みだった夫から倒れたので今から病院に連れて行くという大きな声で電話がありました。病院に行ってから先生が何本も注射を打って処置をしてくれたしたとのことでしたが戻って来てくれませんでした。悲しみが大きくて苦しくて投稿しました。戻って来て欲しいと願うばかりです。

大阪府 清掃員 51歳 くろべェーのお母さん

2020.12.25
くろべェーは、黒柴(柴犬です)15年まえに、ペットショップで購入して、凄く賢い犬でした。
気づけば15歳になって、最近は、夜中に鳴いたり、狭い所に、頭を突っ込み出てこれなくなって、隣に家が建つので、夜中に鳴かせたら、アカンと言われて、動物病院に相談して、睡眠薬を貰い飲ませて、1日ちょっと寝て、起きれなかったら床ずれになって、それから、1ヶ月半ちょっと、くろべェーの介護が、始まりました。
歩けなくなって、床ずれの薬、食事など、くろは、オシッコやウンチは、気持ち悪いので。声を出して教えてくれました。起きて、自分でしたいのか動き回り、大変なときもありました。体は、起きれなくても前足を動かして、泳いでれみたいに、足は、血だらけなっても自分が気が済むまで、していました。
普段 仕事で、ずっと付いてあげれなかったけど、ケガは、ちゃんと消毒、薬を飲ませて、いたけど… 夜中に、救急車など、バイクの騒音などに反応して、鳴く事もありました。鳴くので、怒ってしまった事もありますが、外で飼育の為、暖かく毛布など、かけて色々としては、いたけど、寒さなど、やはり睡眠薬を飲ませてしまった。罪悪感が私の中で消えません。薬の量は、加減してたけど、ご飯を食べれなくなって、体力も奪われ、朝、いつもの薬 抗生剤、痛み止め飲ませて、暫くして、愛犬くろべェーは、旅立ちました。突然の別れに 受け止められなくて、くろべェーに恨まれてないか?悲しくて、どうしたら良いのか?わかりません。くろべェーが、天国に ちゃんと連れて行ってもらえるか?心配です。

宮崎県 会社員 53歳

2020.11.29
クッキー11歳
私共家族のアイドル的存在
2女が子犬が欲しいと言う事で我が家にやってきました、
ヨーキー とチワワのミックス
お目々が大きく黒いお鼻と3つの黒い丸をあしらった様な可愛らしい顔にGOLDの全身の毛が美しいとても人懐っこい子でした!
この11年は私共家族にとっては娘2人の社会人としての旅立ちにて、
夫婦2人の生活となり、我が家の長男坊的な癒やしてくれる存在の
クッキーでありました、
私自身鬱病で1年間の闘病と自宅療養の時期にはクッキーの存在は大きくとても癒やされ立ち直りまで傍に居てくれる心強い相棒でありました、
娘2人が巣立って行った後私共夫婦を癒やしてくれる大切な家族でした、
しかし元来アレルギー持ちのクッキーは心臓肥大の持病が進行している11歳、
今回
お尻の腫瘍摘出の手術
前の石摘出と去勢をしましたがその時も心臓の負担を心配されましたが、成功し元気に帰りました、
今回も大丈夫だろうと、言い聞かせて降りましたが術後経過良好と言う一報に安心しておりましたが、
朝電話で訃報を告げられました、
受け入れ難い現実に、
只前日の様子を回想し、自分自身悔みきれずとても受け入れられず
涙が止まりません、
お利口さんで、食いしん坊なクッキーでしたが、
手術に伴い食事制限をし、手術に向かい
最後と看取れず、死んでいった相棒を思うと取り返しが付かない現実に絶望するしか無いのです、
私達家族の恩人
沢山の幸セや癒やしをくれたクッキー
駄目な飼い主でゴメンネ、
いつか自分もそっちに行った時に一緒にまた遊ぼうね
沢山オヤツや美味しい物食べようね。

広島県 契約社員 42歳

うちの犬はゴールデンレトリバーのももです。12歳のおばあちゃんでした。前の日まで元気でいたのに朝から少し調子が悪そうでドッグフードを少し残しました。
いつも大好きな散歩も少し億劫そうにしていておかしいなって思ってましたが行くと少し遊んでいたので大丈夫そうにみえました。
でもやはり帰ると調子が悪そうに寝てしまって。よくある事ではあるので様子を見る事にしました。
すると吐く音がして見てみると少し朝のドッグフードを吐いていて
すぐに呼吸がおかしい、いつもと反応が違うのがわかり
祝日で空いている病院を見つけ連れて行きました。
でももう病院に着いた時には心臓が止まっていて蘇生してもらいましたが間に合いませんでした。
ほんの1時間の間の出来事で私はパニックになりました。
あれが良くなかったのか、これが良くなかったのか頭を巡らしましたが、もう死んでしまって動かないももちゃん。
私の人生のパートナーと言っても過言ではないももちゃん。
出来る限りの事をしてあげたいと思っています。

栃木県 主婦 65歳のおかあちゃん

5日前に 16才と6ヶ月のダックスの娘が天国へ旅たちました 愛くるしい性格の娘です。
一年前から 体調が度々悪くなるのですが 何故か? すぐ元気になったように見えたので 突然 呼吸が苦しくなった時は おかあちゃんは どうしたらいいのか? かかりつけの病院に電話して すぐに連れて行ったのですが…まさか 2時間後に天国へ行ってしまうなんて。
肺水腫と 言われ 先生があまりにも 抱っこして上げて下さいと でも 昨日も散歩して 走ったのに おかあちゃんには病気を気付かれないように 心配かけないように 無理してたのね。
ごめんね こんなに 苦しかったのに。
ダメなおかあちゃんだね。
もう あなたなしでは おかあちゃんは生きて行けないよ。
毎日毎日 腕枕してた 腕がさびしい。
家にも帰りたくない…
あなたが 居ないから。

愛知県小牧市 59歳主婦

コロンは12年2ヶ月で亡くなりました。マルチーズの平均寿命より1年短いです。比べてはいけませんが、くやしいです。悲しいです。長期旅行を予定していたので、その前に、念の為と、連れていった病院で、「お別れの時間を大切に」と言われ、何の事だかわかりませんでした。のどにできたがんが原因です。散歩もするし、ごはんも食べましたが、食欲はあまりありませんでした。年だからと思って気にしていませんでした。それから、旅行をキャンセルし、毎日病院に連れて行きましたが、日に日に悪くなり6日後に亡くなりました。今でも信じられません。家族でお別れ会をして火葬しました。その2日後、親族が危篤になり葬儀まで4日間家を空けました。コロンの死と重なったら私達が困る事を知っていてあの日を選んで、もう逝くねといって死んだと思います。最後まで私達の事を思い死んでしまう日まで、選んでくれたと思うと今でも泣けてきます。小さな体で小さな頭で私達に迷惑をかけないように死にました。私は、迷惑をかけてもいいから、もっともっと長生きしてほしかったです。今でも毎日泣けてきます。まだどうしていいのかわかりません、でも死んでしまった悲しみより、楽しかった思い出と、コロンありがとうという気持ちを持って、私は毎日生きていこうと思っています。コロン本当に本当にありがとう。今でも大好きだよ。

2回目の手紙

二度目のお手紙です。マルチーズのコロンが病気で亡くなって今日で3か月です(4月26日に亡くなりました。)。長かったのか短かったのかよくわかりません。
朝起きてきてもコロンはいない。食事を作っていても「ちょうだい。」と来ない。家に帰ってきても窓からのぞいていない。
12年間当たり前だった生活はもうありません。なんどもなんども「これは夢だ、コロンがいないなんてことはあるはずがない。悪い夢を見ている。夢が覚めればコロンはいる。」と思いました。
でもやっぱりいないのです。悲しくてこの事実を受け入れることができず3週間ほどは泣き続けました。
その後、残っているフードやおやつをコロンの供養になると思い、犬の散歩友だち数人にもらってもらうことにしました。そのときやっと身内以外の人にコロンの話をすることができました。
「泣きたいだけ泣いてもいいよ。」と言われ、いっしょに泣いてくれました。話を聞いてもらううちに、これからは思い出のコロンになるんだなあと思うようになりました。
今でもふとしたことでコロンを思い、悲しくなります。でも写真のコロンは元気でうれしそうです。
写真になったコロンを見ながら「また時々、泣くけど心配しないで、何とかやっていくからね。今までありがとう。」と話しています。

茨城県下妻市 主婦 52歳

我が家の癒し系アイドル ぺぺ(♀雑種)が旅立ってから早1ヶ月半。12歳9ヶ月でした。散歩から帰った途端、倒れて突然息を引き取りました。全く信じられない受け入れ難い日々が続きました。今でも「お散歩まだ?」とこっちを見つめている気がします。

「ペペと一緒に歩きたい」そんな思いが募り、毎朝慣れ親しんだ道を再び歩き始めました。ペペの首輪を持って。歩きながら瞼が熱くなることもありますが、それでも歩き続けます。

ペペへの思いを、うまいとは言えない文章で書き綴ってみたりもしました。

そして、こう思うことにしました。

ペペは、神様が「時がくるまで、大切に育ててくれ」と我が家に託した預かりものであり、お迎えが来たら、神様にお返しするもの。その時が来たのだと。たくさんの思い出を残して。

ペペは3ヶ月位の子犬の時、我が家に迷い込んできて家族になりました。平成13年3月9日のことでした。3月9日、サンキュー、ありがとう ペペ 「いつも心の中にいるからね」

東京都世田谷区 女性 31歳

はじめましてm(__)m 東京都世田谷区31歳主婦です。私は去年12月26日に愛犬の黒パグのクゥちゃん♀を突然亡くしました。まだ6歳でした…本当にまわりからも溺愛しすぎと言われるほど可愛がっていました。クゥちゃんは亡くなる二週間位前に右目を爪でひっかいてしまったのか怪我してしまい急いで掛かり付けだった(少し皮膚病で診てもらっていました)病院に連れていき目薬などで治療していました。

そして何日かして少し良くなってきたと私は思ってたのですが獣医に手術しようと言われてしまいました。私は手術しないとダメですか?と聞いたら、どんどん酷くなるよ!と言われ承諾しました。目の手術でも全身麻酔だったのでとても心配でした。そして手術当日の朝9時に気持ち良さそうに私の腕の中で寝ているクゥちゃんを起こしてクゥが大嫌いなあの病院に連れて行きました。そして着いたら女の助手がクゥをすぐ連れて行ってしまいました。私は六年間クゥちゃんとは娘の出産の時の四日間以外離れたことがないので、クゥも私の方を振り返り病院の玄関の扉ごしでなんで置いてくの?と悲しい顔をみたのが最後でした。

夕方5時獣医からクゥちゃんの心臓が止まってしまったと恐ろしい電話がありました。私が着いたころには元気だったクゥの姿はありませんでした。きっとクゥは朝私に置いてかれてから麻酔をされるまでの間とてもとても怖くて寂しくて悲しくて、何度も何度も私に助けてって言っていたのだと思うと本当に辛くてたまりません。

今もクゥの悲しい顔ばかり思い出してしまい毎日毎日泣いて苦しい日々を送っています。ちゃんとお葬式もしましたが、まだこの深い哀しみは癒えることがありません。娘も一歳ながらクゥを覚えていて写真をみては悲しい顔をします。だから娘が起きてるときはなるべく泣かないで居るのですが、娘が寝てしまうと、どうしてもクゥちゃんでいっぱいになり涙がとまりません。クゥは私達家族にしか懐きませんでした。散歩もあまり好きではなく他のわんことにも近づきませんでした。唯一、旦那の飼っている同じ黒パグのポーリー♂10歳だけは大丈夫でした。

そんなクゥちゃん。私にいつもくっついて寝ていたクゥちゃん。クゥは本当にお利口で優しい子でした。こんな いい子がなんで…とやっぱり自分を責めてしまいます。娘が産まれてからは娘の世話でなかなかクゥに構ってあげれませんでした。妊娠中は流産しかけていたため、妊娠期間中ずっと自宅安静でほとんど寝たきりだった私を毎日寄り添って元気づけてくれました。

今住んでる家は新築したばかりの一軒家なのですが、その病院の近くで、とても嫌でクゥとずっと暮らしてた実家に今は娘と居ます。旦那はたまにポーリーを連れ娘に会いに来てます、ずっとこのままでは居られないので、どうにかこの思いが少しでも癒えることができればと思います。こんな思いの私でもいつか新しく大好きな黒パグちゃんをまた迎えることができますでしょうか?長々と読んで頂きありがとうございます。

静岡県浜松市 女性 会社員

ゴールデンレトリバーのレオは13年間、家族全員の悩み相談相手でした。無口なレオは私たちの話を聞き、寄り添ってくれました。娘は不登校でしたのでいつも娘の遊び友達でもありました。

前日まで元気に走り回っていたのに・・翌日ぐったりして体を起こせなくなり、病院へ連れて行くもかなり悪い状態だと聞かされ愕然。翌朝早朝気づいたら息をしていませんでした。まだ、心臓が動いていたので「レオ、ありがとう!」と心臓が止まるまで家族全員で大きな声をかけ続けました。

それから、今日で49日。レオが亡くなった時間に毎日目が覚めます。
悲しみの闇の中でもがき苦しんでいました。
そんな時、ネットで拾った「空からきっと見守ってくれるから、今日も頑張る」の言葉。

これからもレオのことは一生絶対に忘れない。でも心の傷を癒してくれるのも、また新しい命。納骨を済ませた後、また新しいワンコを迎えようと思っています。

愛知県犬山市 女性 59歳

私は昨年11月19日にシーズ犬(エリザベス)との別れがありました。
50日目で私の手元に来て13年11ヶ月、生活をともにして、ずっといっしょで私の人生を支えてくれました。

思い出すといろいろなことがたくさんあります。この子との別れは考えられませんでした。
でもだんだんに老いてきて確実に別れが近づいてきたことを認識させられ・・・。
でも私はこの子がいなくなったらどうなるんだろうととても不安で不安でたまりませんでした。

現実となり私の手の中で息を引き取りました。
私は体の中から何かが抜けてしまい自分自身のことがよくわからず泣き続ける日が続きました。
何も手に付かず、ただあの子を思い出して泣くばかり。

でもあの子が帰ってくるわけでもないし立ち直らなければと思い、ならいごとやスポーツにも出かける努力をしています。
あの子の存在の大きさを改めて考えさせられています。

ベスに今は感謝しています。
ベスありがとう。
天国でとびはねて遊んでいることでしょうか。

(今はあの子との日々を思い出してあの子への手紙を書いたりして心を落ち着かせています。)

千葉市 女性 70歳

10年間、大事に飼ってきたわが家の犬 ジローを一ヶ月前に病気で亡くしました。

家族といっても、もう子供たちは独立し、夫も7年前に亡くなって、わたしにとっては遺されたたった一人の家族でした。最後は私の腕の中て、眠るように息をひきとりました。

それからというもの悲しさよりも喪失感で、眠ることもできないありさまでした。ただひとつ慰めになったのは、ご近所の犬の散歩ともだちが一緒に泣いてくれたことでしょうか。

ともに思い出を語れる人がいることは人間だったら沢山いることは考えられますが、ペットの場合はなかなかいません。

もちろんまだまだ立ち直れませんが、一人で悲しんでいるよりはずっと心強いきもちがします。

横浜市 男性 58歳

子供のいない私たち夫婦にとって愛犬の存在はなによりも大事な存在でした。

シェパードの雄、 シェルパがその名前です。職場でなにかいやなことがあっても、彼の顔をみればすべて吹っ飛びます。妻は妻で私に言いたい愚痴や不満も全部聞いてもらっていたようです。 

なにもかもわかっているとでもいいたいように、テラスの椅子にすわる私のそばにねそべりながら、時々哲学者のように遠くをみつめていました。旅行に行くときも、できるだけいっしょに連れていってました。

そんなシェルパのいかにもだるそうな様子に気がついたのが6か月前です。すぐ病院に連れて行ったのですが、思いもかけない病気でした。

あらゆる手をつくしたのですが、だめでした。

子供をなくした親はその痛みを一生忘れません。後悔ばかりしています。

そんなある日、友人から渡された一冊の本、スピリチュアルのことが書かれていました。

それによるとあの世の世界にいったペットたちは次の生まれ変わりのために準備しているとのこと。

またいつかシェルパの生まれかわりが私たちのそばにきてくれるかもと思いながら、日々を過ごしています。 

徳島県徳島市 女性 自由業

生後半年で、売れ残っていた柴犬をどうしても救いたかった。
あれから12年、旅行にもどこにも連れて行った。

2年前主人が自殺してしまい、あの仔はいつも私を支えてくれた。
柴犬なのに一ワンもしないいい仔だった。

悪性腫瘍になり足を切断する。その前に皮膚炎を直さないと、と獣医は他のことに気をとられながら愛情なく言った。

私は自分で最期まで面倒を見ると決めた。一年間病との戦いが徐々に始まっていった。本当にたいへんだったけど、散歩にも出られないあの仔のストレスも相当だった。

最期の前日、あの仔は玄関でそそうをしたまま、もう動けず、痙攣(けいれん)するばかりになるのをみた。

次の日、もう亡くなっているだろうと思った。でもあの仔は待っていてくれた。
必死で私の枕元まで来ていて、早朝4時ふと目を覚ますと息をしていた。
15分じっと見つめていた。そっとあの仔は逝った。

最期まで根性と精一杯の愛情をありがとう。
誇らしい愛犬。

この辛い気持ちはあの仔との絆。
きっと糧にして生きていこう。

北海道上川郡 女性 会社員

先日愛犬くうが16歳9ヶ月で逝ってしまいました。
くうとの出会いは私が大学生の頃でした。
捨て犬がいたら飼おうと決めていた矢先、コンビニの前に犬が捨てられているという情報が入ってすぐにそのコンビニに向かうと、5〜6匹の子犬が段ボールに。その中の一番のチビッ子の黒い子を連れて帰りました。

当時からやんちゃ具合が半端ない、暴れん坊でどれだけ悩まされたことでしょうか。くそ犬と叫んだことは数えきれませんでした。大きくなってからも。それでもひとりと一匹暮らしで支え合って生きていました。楽しいときも辛いときも一緒に。

私が就職して何度か転職してもいつも一緒にいました。助手席は定位置で暑くない時期や夜に出かけるときは、いつも車で一緒に連れて行きました。

ある時帰省するのに高速道路を走っていたら、私が警察にスピード違反で捕まってパトカーから戻ってくると、食べようと思っていたパンが食べられていたなんてこともあったりしました。食い意地がものすごくあり、車で出掛けたときには食べ物を買ったら必ず気を付けないと次のタイミングでは食べられているなんてことはしょっちゅうでした。

そんなくうも段々と食欲がなくなっていきました。亡くなる1年以上前からは食べさせるのに、いろいろと工夫しないとなかなか食べてくれませんでした。

けれども、少しずつ弱ってきてからは気性も丸くなってきて扱いやすくなり、甘えてくることが多くなりました。シニア犬になってから、面倒みるのが可愛かったし、頼ってくれるのがすごく嬉しかったのです。

私がもうだめかもと思ったことは3度ありました。その度にくうは復活してくれました。こいつは絶対しぶといやつだなと思っていたので、今回もきっと大丈夫、また食べれるようになると信じていました。

前の日まですごく調子いいなぁと思っていたのに。
しっかり食べていたし、外に連れていき日光浴もしていました。

急に血便になり、病院に行って点滴をしてもらいましたが、次の日の午前中、仕事に行っている間に亡くなってしまいました。

あとから飼っていたもう一匹の愛犬が一緒にいてくれたので、ひとりでなかったのは良かったと思っていますが、もう少し頑張ってくれるだろうと軽く思っていたので、すごくショックでした。

家に帰ってもくうがいないという現実、気にかける相手がいない、もっと面倒みたかったのに…。少しずつ現実を受け止めてはきていると思うのですが、やっぱり寂しくて悲しいです。
だって人生の半分近くを一緒に過ごしてきたんですから。

くうとの写真をたくさん現像して見返しました。どれも楽しい想い出ばかりです。こんなたくさんの想い出をくれたくうには感謝しないわけがありません。

だから、この想い出を忘れずに私はこれから生きていけると思い始めてきています。が、これからもう一匹の愛犬と二人きりで生きていくという覚悟をするのにはもう少し時間がかかりそうです。

京都市伏見区 52歳 会社員

2日前、愛犬の黒ラブラドールのラブが突然亡くなりました。9歳と9カ月でした。
突然、具合が悪くなり病院に連れて行き、そのまま入院しました。翌日の10時に病院にきてくださいとの事で、病院を後にしました。
翌日の9時に、痙攣を起こし呼吸が止まったと連絡が入り、すぐに病院に行きましたが意識もなく心臓も止まってました。
病院に預けた時に、起き上がれなかったのに、私が帰ろうとすると、ゆっくりと階段を登り出口にきました。多分、帰りたかったのでしょう。なんで、連れて帰らなかったのかと後悔しています。最後、看取ってやれなかった事が悔やんでも悔やんでも悔みきれません。

とても、人懐こい子でみんなに声をかけてもらってました。人から痛い思いをされた事もなかったので、誰にでも尻尾をふっていました。
食べる事、散歩が大好きでした。

あまりにも突然で、どうしたらいいのか考え気力もなく、何もする気になりません。

今日、火葬場に行ってきて今はラブがいた部屋に骨壷にいます。

誰が悪いわけでもないので、誰かを責めることもないです。責めてラブが戻ってくる事もありません。
ただ、ラブが私の周りにいつも寄り添うように寝ていたんです。そのラブがいなくなった事が、まだ信じられません。

家族のみんなは、いっぱいの愛情をそそいであげたので幸せだったよ。と言ってくれてます。

現実を受け入れてはいますが、哀しみは癒えません。
時間が解決してくれると思いますが、いつになるか。
自分で乗り越えるしかないんですね。

愛知県岡崎市 男性 会社員

昨日、8月9日の朝8時、入院先の動物病院から電話があり、マルチーズの「ピノ」が亡くなりました。13才でした。
犬を飼ったことがない私がペットショップで一目惚れして家族になったピノ。
仕事から帰宅すると部屋はおしっこ・ウンチだらけだったり、ティッシュの海だったこともしばしば、本当に悪い子でした。
それから1年後、公園で拾ってきた仔猫「チィ」、2年後に動物病院から引き取った仔猫「マリ」にかかりきりで、ピノには寂しい思いをさせました。
ピノは元々皮膚が弱く、膿皮病の抗生物質と痒み止めの薬が欠かせませんでした。
薬漬けにしなければもう少し永く生きられたのかもしれない…。
腎不全で入院し4日目、亡くなる前の日の夜、入院中のピノに面会に行きだっこした時、ピノが涙を流したんです。
今思うとピノは「もう頑張ることができないよ。パパ!家に帰りたいよ。」と、訴えてたのかもしれません。
ピノの気持ちに気づいてあげられず、最期を看取ってあげられなかった私はパパ失格だと悔やんで悔やんで…哀しみが止まりません。
その日のお昼に家族葬をし、ピノの遺骨を家に持ち帰ってきました。でもまだ実感がなくペットロス真っ最中です。
苦しまずに息を引き取ったっと医師から聞いて、ほんの少しだけ救われた気持ちになりましたがやはり最期は看取ってあげたかったです。

北海道千歳市 女性 パート

昨日、我が家の黒ラブ フレディーが亡くなりました。虐待犬だった彼を引き取って13年と2か月も経っていたんだと知りました。
ボコボコに殴られ続けタバコで焼かれていたという彼のそれまでの生活を忘れてほしいと願い可愛がってきました。つらい経験を生き抜いた彼は、つまらないことで落ち込む私をいいさ、いいさ。人生捨てたもんじゃないさ。と言わんばかりの目でいつもそばに寄り添ってくれました。フレディーが亡くなる前日から夫は家じゅうに掃除機をかけて彼の毛を掃除しました。亡くなってからは出来ないと。
今朝になって目にするブラシやタオルに残った彼の毛や香りに私たちはただ涙するのみです。彼に感謝するばかりでもうこれ以上彼に甘えることも甘えさせて上げることもできないなんて。カレンダーを見ながら先週の今頃は。3日前のこの時間ですら彼と触れ合うことができていたのにと時間の流れを戻したい思いです。フレディー、君と別れたくないよ 。

広島県広島市 女性

もうすぐ四十九日をむかえます・・・。
あと、2週間で15歳の誕生日でした。

若くして亡くなったわけじゃない。
長生きの方だったと思います。
亡くなる二か月前から心臓が悪くなり徐々に
弱っていったので、この日を覚悟できていました。
自分のできることを一生懸命にやったと思うので
介護や看病の後悔も不思議とありません。
最期を看取ることも出来ました。
ある意味、理想的なお別れだったと思います。

でも・・・
トムがここにいない・・もうここにはいない。
その現 実が・・哀しく苦しいのです・・・
何をしていても涙が出ます。
骨壺を抱きしめて泣きます。

丁度、母の介護と自分の病気と愛犬の介護が重なり、正直辛かったです。
特にここ半年間は、食も細くなり夜鳴きもひどく寝てくれないので
私の精神や体力も限界に感じていました。
そんな日々の中、トムは旅立ってしまいました。

トムは・・・私の体を気遣って亡くなったと思うのです。
「ボクのことは、もういいよ。苦労しないでいいよ」って
「でも、ボクのこと忘れないで、ずっと忘れないで」って・・・
だから・・私の誕生日の日に、私のいつも座っているパソコンの前まで
行って倒れ最期を迎えたのだと思います。
この日を自身で選んだのだと思いました。

この事で、私の哀しみはより深いものとなりました。
涙が枯れる ことはありません・・・。

だけど、ある日ネットで虹の橋の“雨降り地区”のお話を読んで、
私が、ずっと泣いていると、このコは冷たい雨に打たれて
寒く悲しい思いをしているのだと知りました。
それから、あまり泣いてばかりいてはいけないなと
思うようになりました。

分骨をして一緒にいようと決めました。
小さなカプセルを購入し、小さな遺骨を納めました。
色んな意見があり、迷いましたが自分が納得する方法を選びました。

こんなにも自分が打ちひしがれるとは想像ができませんでした。
でも・・・それだけ愛していたのだと今は思っています。
そして、私の誕生日を選んで旅立ったトムに強い絆を感じています。

神奈川県足柄上郡 神職 33歳

この一年数か月の間に我が家では、たて続きに三匹の犬と猫が亡くなってしまいました。キャバリアの瑠那(るな・8歳メス)と、雑種の猫の麗(うるは・17歳オス)と、井宿(ちちり・22歳メス)です。しかしながら、飼い主である私の母や妹は所謂ペットロスには陥らず、この三匹と一緒に生活出来た事へ感謝を抱いています。

我が家では自宅に神棚を祀り日々の感謝をしながら生活していますが、その事も大きかったのでは無いかと思います。特に母は三匹が亡くなって、「みんな、神様のお使いさんになった」と思っている様です。

稲荷神社のお狐様が一番わかりやすいかと思いますが、日本の神様には神様のお使いである「神使(しんし)」と言う動物達が居ます。母はその神使になぞらえ、亡くなった三匹が我が家の守り神である神棚の神様のお使いさんになったのだと考え、三匹たちが今度は私ども家族を守って下さると思っている様です。母の愛読書が「ぎんぎつね(落合さより著)」と言う漫画なのも、切っ掛けとしては大きそうです。

私自身、神職として神社に仕えている身ではありますが、母のこの考え方はとても日本人らしい考え方では無いかと思うのです。この国は、自然にある岩や木、山や海など全ての物に神々が宿ると言う考えがあります。その素晴らしい考え方の延長線からからでしょう。とても前向きな母に私は脱帽するばかりです。

亡くなってはしまいましたが、三匹たちの御霊も含めた我が家の生活は延々とこれからも続きます。

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