ポエム-生命の賛歌(いのちのさんか)

ある朝の神話その03 樫の木とセミ

それはある晴れた朝のことでした。
一匹のセミが大きな樫(かし)の木の中腹で声を限りに鳴いていました。

彼は自分の命がもういくらもないのを知っていました。
でも彼は幸福でした。
なぜって、彼は今までの長く苦しい土の中の生活からやっと明るく広々とした地上に出られたんですから。

彼はこの幸せがつかのまのものであることがわかっていました。
でも彼は満足でした。
なぜって彼は自分の全力を出し切っているのですから。

そのセミをじっと見守っているものがありました。
それは大きな樫の木です。

セミをいとおしく思った樫の木は話しかけました。
「セミさん、どうしてこんなに朝早くからそんなに一生懸命鳴いているの?」

セミは大きな樫の木がちっぽけな自分に話しかけるのを驚き、またうれしく思いました。
「私の命はもうすぐ終わってしまうでしょう。
だからこそ悔いを残さないように全力を尽くしているのです。
いつそのときがきてもいいように。」
そう言ってセミはまたしきりに鳴き始めました。

大きな樫の木は感心してうなずきました。

それから一時間もたったでしょうか。
朝もやはまだゆらゆらとたちこめていました。
そのもやの中をセミは力つきて地上に落下していきました。

あわれなセミのなきがらの上に樫の木は数枚の葉を落としてやりました。
朝もやのせいか樫の木はうっすらとぬれていました。
それはある晴れた朝のほんの小さなできごとでした。

K.M

ある朝の神話

ある朝の神話 その13 「おじいさんと小犬」
ある朝の神話 その12 「北風と牛乳ビン」
ある朝の神話 その11 「火山と赤い雲」
ある朝の神話 その10 「神様と天使」
ある朝の神話 その9 「雪とつらら」
ある朝の神話 その8 「コウモリとすずめ」
ある朝の神話 その7 「にわとりとひよこ」
ある朝の神話 その6 「青い星と赤い星」
ある朝の神話 その5 「朝顔と鈴虫」
ある朝の神話 その4 「もんしろちょうと蛾」
ある朝の神話 その3 「樫の木とセミ」
ある朝の神話 その2 「二十七日の月と金星」
ある朝の神話 その1 「木の葉と露」